想いを伝えるということを

雑誌「サンキュ」カレンダーより
ほんとはもっと先に書きたいんだけど、その時期はエルレのライブとかで
落ち着きなくなってると思うので、今日書きます。
11月は、いろんな意味であたしにとって大切な月なのです。
いろいろあるけど、息子の誕生月でもある。
息子が生まれたのは日付が変わってしばらくしてからで、
それから数時間、キモチが高ぶって寝られず、
ただただ、生まれてきてくれたことがうれしくて、
しらじらと明けてくる、真っ青になるであろう空を見て涙がとまらなかった。
出産おつかれさま、と自分の母親に言われて初めて、
ああ、誕生日と言うのは『生まれた日』であると同時に、親が自分を『産んでくれた』、
母親にとっては出産記念日なのだということに、はじめて(頭ではなく)、気付いた。
あの前日あたしは、朝、陣痛室に入ったのに、なかなか進行せず、夜には病室に逆戻りさせられたのです。
その時、延々あたしの話し相手をしてくれたのは、会社の同期の友達でした。
彼女もあたしと同じ病棟に切迫流産の危険で入院してて、
ときどき痛みが波のようにやってくるあたしを気遣いながら、ずっと話し相手をしてくれて。
あの時彼女がいなかったら、あたしは病室でひとりであの痛みに耐えないといけなかったところだった。
出産後もすぐに「おめでとう」って言いにきてくれた。
半年後には彼女も出産。家もわりと近かったので、子ども連れでよく遊んだ。
彼女とは会社にいる時は特に仲がよかったわけじゃないの。
むしろ、結婚してから(結婚後も働いてたので)親しくなって、
せっかちで、おっちょこちょいのあたしとは、正反対で、おっとり、ぽんわり、でも芯の強いタイプの人でした。
子どもができる前は手芸の教室に一緒に通ったりもしたし、お互いの家を行き来して、いろいろ話した。
子育てのこと以外にも、将来の夢や、好きな音楽について。好きな本やCDを交換しあったりもした。
でも、子どもが1歳になるかならないかの頃、以前習ってた教室にもう一度戻ろう、と誘われてびっくりしたの。
そんなこと自分から言い出すタイプじゃなかったから。
いつも○○に行こうって誘うのはあたしだったから。
そして、『子どもができたから』っていう理由で、いろんなことに挑戦する気さえなくしてたあたしをひっぱってくれた。
で、お互いダンナに子どもを預けて、教室通い再開。そのままインストラクターコースを受講することにした。
阪神大震災のときは、お互いに無事を確認して心底ほっとした。
震災後も、教室は離れたけど、頑張ってお互いインストラクターコースを無事卒業したんだ。
彼女も頑張ってると思ったら、あたしも負けてられないと思って頑張れた。
ある日、いくら電話しても出ない日が続いて、
妙に胸騒ぎがした。
そして、彼女の病気を知る。
脳に腫瘍ができてたこと、手術すること、視力が落ちてきてて、失明するかもしれないと聞かされた。
あたしは、彼女がこのままいなくなってしうんじゃないかと思って、不安で、なかなか寝られなかった。
でも、治ると信じてた。信じたかった。
子どもの世話とかをひとりでするのが難しくなって、あと不安もあって、本格的に実家で暮らすことになって、時々電話で話す程度になってしまった。
今電話しても大丈夫かな、とかの遠慮もあって、回数は確実に減っていった。
だけど、年賀状の宛名書きが、ダンナさんの字になっても、びっくりして電話してみると、「この前も手術したー」とか言いながらすごい元気そうで、あぁ、あたしの思い過ごしかな、と思えるくらいだった。
あたしの手元には1枚の葉書がある。実家のそばに新居を購入したという転居のおしらせ。
彼女の字で近況が書いてあった。
完治したのか、と思ってすぐ連絡いれたら、状況はもっと悪くなってる感じで、
でもあくまでも明るく、「先のこと考えたら暗くなるけど、前向きに考えるようにしてる」という彼女にむかって、病気のこと、核心部分に触れられなかったんだ。どうしても。
「お見舞いにいこうかな」というあたしに、「薬のせいでかなり太ったからびっくりすると思うねん・・」と言われると、その気持ちは充分わかるだけに、それ以上言えなかった。
でも。
やっぱりあの時行けばよかったと今でも後悔してる。
その2ヶ月後、ダンナさんから訃報の電話を受け取った。
あたしにとってはあまりに突然で、しばらく返事ができなかった。
すごく不安だったろうな。
すごく残念だったろうな。
そういう気持ちを聴いてあげたらよかったのに。
それだけでも楽になれたかもしれないのに。
あたしには、もっとできることがいっぱいあったんじゃないか、
どんなに遠くても、会いに行って、抱きしめてあげたらよかった、
ちゃんと寄り添ってあげることもできないまま、
もっともっと、伝えることもいっぱいあったはずなのに、
結局あたしは「頑張って」ということすらためらって、
大切なこと、ちっとも彼女に伝えてなかった。
ありがとうすら、言えてなかった。
そんな後悔ばっかりで、
その夜遅く、お風呂の中で2時間ちかく、ひたすら泣き続けた。
泣けて泣けてしょうがなかった。
そして、もうこんな後悔は絶対にしないと心に決めたんだ。
だから。
大切な人には、大切だということを、ちゃんと伝えたい。
大好きな人には、大好きだということを、愛してるということを、伝えたい。
そばにいて欲しい時は、いつでも行くよ、ってことを。
家族でも、友達でも。
関係が濃いとか薄いとかに関係なく。
そのうちいつか、とか、
伝わってるはず、じゃなくて、
きちんと言葉で、思ったときに。
実は照れとか恥ずかしさがあって、面と向かうと恐ろしくそっけないあたしです。
だけど。
キモイとかうざいとか言われても、きっとなにかしら届けばいいと思うから。
だからここにも時々、発作的に「みんな大好き」とか書いちゃう。
ほんとに思ってるから。
いつもありがとう。って。
彼女の命日は、奇しくも息子の誕生日の前日。
つまり、陣痛で苦しんでたあたしにずっとつきあってくれた、あの日なのです。
人間と言うのは忘れる動物で、普段あたしだって彼女のことは忘れてることが多くなった。
だけど、秋になるとだんだん思い出すの。
そして、
誰かがしんどい時
つらい時
ちゃんとそばに寄り添える人になりたい、なろう、ということを、いつも11月がくるたびに思うのです。
一度ちゃんと文字にしたかった。
自分の気持ちを確認したかったのと同時に、忘れないために。
長文読んでくれてありがとう。








、ちょっとだけ飲む
を繰り返した身体は、ものの見事に正直に膨らんでます!!!かなりヤバイ?
初頭の目標













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